今すぐ「首」を揉むのをやめなさい!〜その「ひと揉み」が実は万病のもと 認知症・脳梗塞・うつ病・クモ膜下出血……

肩と同様に、こり固まっているとつい揉んでしまう首。だが、その「ひと揉み」が体調不良はおろか、重大な病気を引き起こす可能性があるとしたら——知っておきたい「首の新常識」を紹介する。

約30種の不調に関係する
「ちょっと首がこったな、頭が重いな、という時、あまり意識することなく自分の手で首を揉むのは誰でもやることでしょう。しかし、それは今すぐやめたほうがいい。なぜなら首を強く揉むという行為は、身体にとって百害あって一利なしであるばかりか、病気の原因にまでなるからです」

こう警告するのは、医学博士で東京脳神経センター理事長の松井孝嘉医師だ。

松井医師が書いた『首は絶対にもんではいけない!』(講談社刊)が、大きな話題を呼んでいる。

脳神経外科医として、30年以上にわたり首の研究を続けてきた第一人者が、私たちが日常的にやっている「首揉み」がいかに危険なのかを、同書で明かしているのだ。

「自分で揉むのを避けるのはもちろん、マッサージ器も首には使わないほうが無難です。ましてや、床屋や整体でマッサージを受けるときも、首のまわりはきっぱりと断ったほうがいい」

松井孝嘉『首は絶対にもんではいけない!』
ここまで徹底して首を揉むことを避けなければいけないのは、なぜだろうか。理由を松井医師が解説する。

「首は身体全体の調子を左右する『自律神経』と密接に関係しているのです。外から力を加えられただけで全身に大きな影響を与えかねない、皆さんが思っているよりも、はるかに重要でデリケートな部位なのです」

自律神経は、主に昼間の活動的なときに働く交感神経と、就寝時などリラックスしているときに優位に働く副交感神経の2つの神経によってなりたっている。この2つが「バランス」をとりあうことで、脈拍や血圧、呼吸、消化、体温の調整など、生命を維持するのに必要なあらゆる機能を調節している。

松井医師の独自の研究によれば、この自律神経のバランスを整える部位が、首の後ろから頭の付け根あたりに存在しているのだという。

「私はこの部分を『副交感神経センター』と名付けました。この周囲の首の筋肉はか細く、とてもこりやすいので、揉めばほぐせるという考えで、安易に揉んだり、マッサージをしてもらったりしがちです。しかし、それは大きな間違いで、異常を起こした筋肉に新たな外傷を与えることになるのです。

そうして強く揉み続けると、こりが増幅して、副交感神経の働きが阻害され、交感神経とのバランスが崩れてしまう。交感神経が過剰に優位になると、急に脈が早くなり、血圧が上昇したり、胃腸の働きが抑制され食欲がなくなったりと、様々な体調不良につながるのです」

こうした不調の症状は、発汗の異常、血圧の不安定、全身の異様な疲労感など、松井医師が確認しているだけで、実に30種類にも及ぶという。

「むやみに力を入れて首を揉んでしまうと、全身に影響を及ぼし、さらにつらい症状を招いてしまうことになります。

体のあちこちに原因不明の不調があったら、まず首を疑ってください。そして、首を揉んでいた人は今すぐ揉むのをやめてください」(松井医師)

揉むと血管が詰まる
首を揉むことの弊害を指摘しているのは、松井医師だけではない。国際医療福祉大学熱海病院の神経内科医、永山正雄副院長によれば、血管と血流の観点からも、首を揉むことにはリスクがあるのだという。

「首を強く揉むことによって、頸動脈などの血管にこびりついているプラーク(血管のカス)や血栓が剥がれ落ち、血管が詰まって脳梗塞になる恐れがあります。プラークは年齢が高くなるに連れて生じやすいので、高齢者ほど危険です。

最悪の場合、首への負荷によって血管の外壁に亀裂が入り、そこの部分に瘤が出来てしまい、クモ膜下出血につながる恐れもあるのです」

小田原市鍼灸院を開業し、日本で唯一、首と頸椎に特化した本格的な鍼灸施術を行っている劉莉亜院長は、首の不調によって認知症が進行する可能性もあり得る、と指摘する。

「年を取ると、筋肉やじん帯が老化し、頸椎間の関節を固定する力が落ち、頭を上げ下げするときに首が揺れたり、ずれたりしてしまうケースが多いのです。


この際に生じる歪みが原因で、頸椎のそばを通っている動脈が圧迫され、脳に十分な血が行き渡らなくなり、脳への血液と酸素の供給が減少する。すると、脳細胞の代謝機能が落ち、結果として認知症が進行するという研究があります。首の後ろを揉むのも動脈を圧迫することと同じですから、その進行を早めかねません」

「ゆるめ」て「鍛える」
また、首を過度に揉むことで、うつ病を発症する可能性も高まるという。

松井医師が解説する。

「首のこりが原因で起こる30種類の不調は、同時多発的に起きるので、悪化すると非常に苦しい思いをします。めまいなら耳鼻科、胃腸不全なら消化器科など、それぞれの症状が出る部位の病院に行っても正しい手立てが打てないまま悪化し、あまりの心身の不調に自律神経性のうつ病に陥るケースも多くあります」

こりをほぐそうと思って首を揉むことが、皮肉にもますます体調を悪化させ、脳梗塞クモ膜下出血、さらに認知症や自律神経性のうつ病にまでつながる可能性があるというのだから、これほど恐ろしいことはない。

では、「揉まずに」こりをほぐし、首の健康を取り戻すには、一体どうしたらよいのだろうか。

松井医師は、一番重要なのは、緊張でこり固まった首を「ゆるめる」ことだ、と説く。

「長時間机に向かっているときなど、15分に一回、30秒ほど手を添えて頭を後ろに反らしてあげるといいでしょう。そうすると首の後ろの筋肉が緩み、溜まった老廃物を血液が流してくれますから、こりがやわらぎます」

さらに、普段から意識的に首をケアすれば、首こりを未然に防止することも可能だという。首を揉まずにできる対処法として松井医師が推奨しているのが、下のイラストで紹介している「松井式555体操」だ。

それぞれの動作が「5秒」や「5回」で済む手軽な内容だが、首の全ての筋肉を効率よく伸び縮みさせられるようプランニングされており、一日に2回取り組めば、高い効果が得られるという。

この体操に加えて、松井医師は「首は冷やすのではなく、しっかり温めることが重要だ」と語る。

「風呂に入るときは、41℃くらいのお湯に顎の辺りまで10分ほど浸かり、首の後ろを充分に温めます。湯上がりには、髪をしっかり乾かして冷えないようにしましょう。睡眠をとるときは自分に合う高さの枕を選んで、一日8時間は横になり、首を休めてあげることが大切です」(松井医師)


以上の方法で、首の筋肉をしっかりゆるめたうえで、さらに首の状態を整えたい人が心がけるべきポイントを、三井記念病院の中口博脳神経外科部長が解説する。

「まず、普段から姿勢をよくするように心がけることが大切です。

腰を伸ばし、首や上半身には力を入れないようにします。その際、首と上半身は真っ直ぐになるようにし、伸ばした腰にストンと置物のように載せます。

立っているときも座っているときも、このような姿勢が取れれば、約5㎏もある頭を支えている首への負担が減り、楽になるはずです」

二つ目は、首の筋肉そのものを鍛えることだ。

「お薦めしたいのが、『アイソメトリック』と呼ばれる鍛錬法です。やり方は簡単で、手で頭に適度な力を加え、それを頭で押し戻す。これを頭の四方で20秒ずつやってください。1ヵ月程度で首の筋力強化を実感できるでしょう」(中口医師)

首は「揉まず」に「ゆるめ」て「鍛える」——。この新常識を意識し、適切なケアを実践することが、健康な日々を送る第一歩になる。

軽々しく揉むと様々な疾患を引き起こしかねない首。しかし、逆に言えば、きちんと状態を整えれば、「あらゆる不調を寄せつけない身体」を作ることもできるのだ。