『コウノドリ』産科医が教える「正しい出産場所の選び方」~”イケてるお産”にダマされてはいけません

現代ビジネス

コウノドリ』産科医が教える「正しい出産場所の選び方」~”イケてるお産”にダマされてはいけません
鈴ノ木ユウ,荻田和秀
出産・妊娠をテーマにした物語『コウノドリ』。原作漫画もTVドラマも絶好調だ。この物語の主人公・鴻鳥サクラのモデルとなった産科医・荻田和秀氏(大阪りんくう総合医療センター泉州広域母子医療センター長)にお産のリスクについて聞いた。『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』の内容を、鈴ノ木ユウ氏の原作漫画『コウノドリ』と合わせて、特別に一部公開する。

どこで産む?は大事な選択
嫁ハンの妊娠がわかって、妊婦生活に入ります。生真面目な嫁ハンは、妊娠雑誌やインターネットでいろいろと調べ始めます。そして、目を輝かせて、ダンナにこう言います。

「私らしいお産がしたいから、病院じゃなくて助産院で産みたいの」
「せっかくだから、自宅で自然な分娩がいいと思うわ」

うんうん、嫁ハンの好きにしたってー、どこでもええがな、思い通りの出産を……って、ちょっと待ったーッ!産科医の僕としては、ここで言いたいことが山ほどあります。



講談社コウノドリ』3巻より
日本では、妊産婦死亡の原因でいちばん多いのは、「危機的出血」です。これは出産の後に大量出血を起こすというものです。子宮を全摘出して出血が治まるケースもありますが、大量出血によって命を落とす妊婦さんも決して少なくはありません。

これは「直接産科的死亡」と分類されますが、要は「お産によって亡くなる」というものです。一方、「間接産科的死亡」はもともと脳や心臓などに病気があって、それが出産時に悪化して亡くなるというもの。くも膜下出血などの脳内出血などが代表です。日本では半分以上が直接産科的死亡であり、その中でも出血による死亡が断トツに多いのです。

では、その最多の原因でもある「出血による母体死亡」は、どこで発生しているのか。

有床診療所53%、産科病院20%、総合病院20%、自宅7%(日本産婦人科医会 偶発症例調査2010)

53%、実に半数以上は「有床診療所」で起こっています。

ほとんどの有床診療所では、妊婦さんのリスクを評価し、ハイリスク時は高次施設へ送ったりしているのですが、これを見れば、ハイリスクでなくても危険と隣り合わせなのがわかると思います。そのことを認識した上で僕の個人的意見を聞いてください。

イベント化するお産にモノ申す
「理想のお産」を描いておられる方はたくさんいます。快適でストレスなくお産をしたい、妊娠雑誌に書いてあるような「今、流行のイケてるお産」「おしゃれでナチュラルなお産」を、と思うのでしょうね。

でも、一つお伝えしておきます。理想通りにいくお産なんてありません。「こうありたい」「こうあるべき」と思っていると、それこそ理想とは程遠いお産になったときのショックは大きいと思うのです。お産がいつの間にかイベント化していることに対しては、ちょっと釘をさしておきたいと思います(釘はかなり太い五寸釘ですが)。


講談社コウノドリ』3巻より


もちろん、お産はイベントです。記念であり、家族ができる日でもあります。イベント性を完全否定するつもりはありません。妊婦さんに満足に分娩してもらってナンボ、なのです。自分の分娩にちょっとでも納得がいかないと、その後の子育てに影響することもありますし。おめでたいことですから、華やかな部分もあっていいと思うのです。

ただし、ちょっと落ち着いた目で見てもらいたいなと思うところがあります。

「アメニティ優先のお産と、母体と胎児の安全優先のお産、どっちを選ぶ?」ということを夫婦できちんと話し合っていますか? どちらを選ぶかは、夫婦の問題なので「こっちにしなさい」と言う気はさらさらありませんが、最低限、リスクや万が一のときにどうするのか、意見をすりあわせておくことはおすすめします。

お産スタイル、要は分娩方式については、選ぶ材料として情報をお伝えしておきましょう。

まず、「フリースタイル」。要は分娩台の上ではなく、畳の上や床の上などで分娩に挑むスタイルですが、これはむしろいいのではないかというデータもきちんと出ています。分娩台の上で産まないと危ない、などのエビデンスはありませんから、フリースタイルに関しては僕もいいのではないかと思っています。

また、「無痛分娩」も、よくないというデータはありません。これは硬膜外麻酔を行って、分娩時の痛みを和らげる方法です。「無痛分娩だと子供を可愛いと思えず、子育てに影響する」などの都市伝説は完全に無視していいです。「お産は痛みがあってナンボ」という、ばあさんの根性論もガン無視してください。

あとは、特殊な分娩方法でいえば、「水中出産」でしょうか。このあたりは、日本では推奨している医療機関はありません。十分に安全だといえるデータがないからです(逆に、ネガティブなデータが表に出てきていないだけなのかもしれません)。ドイツでは大学病院で水中出産を行っているところもあるので(僕も実際に見学してきました)、絶対にダメというわけではありませんが……。

実は僕も日本で水中出産をやっている病院に、当直医で入ったことがあります。赤ちゃんにしてみたら、生まれた後に体温が下がるというリスクはあるものの、ごく普通に生まれてくれれば、何の問題もありません。お母さんも、水中だからといってイキめないこともありません。

ただし、水中ということで「感染」のリスクは高くなります。最大のリスクは、赤ちゃんが万が一危険な状態になった場合は「蘇生」を行いにくくなるという点です。

実際に、僕は水中出産で常位胎盤早期剥離(前述)になったケースに遭遇しています。慌てて水中に飛び込んで、赤ちゃんの心音を測ったりと緊急事態になりました。結果としては、無事に赤ちゃんも生まれて、お母さんも元気で大事に至らずにすみましたが、僕は大量の水を飲みました。

そして、思いっきり足を滑らせて転びました。いや、お母さんと赤ちゃんが無事であれば、何の問題もないのですが。あとは夫婦で話し合って決めてください。

病院選びは安全第一
ここまでくると、「じゃあ大きな病院とか総合病院がいいの?」という話になってきます。必ずしもそうとは限らない、という話もしておきましょう。

まず、お産は何が起こるかわかりません。どんなに高次機能施設、たとえばNICU(新生児集中治療室)やER(救命救急センター)を備えた施設であっても、救えない命もあります。施設の問題だけでなく、医療従事者の問題もあります。これは僕の個人的な見解です。

どんな病院を選んだらいいのか、と聞かれたら、「もし母体や胎児が危機的状況になったとき、きちんと対応して適切な処置と最善の努力をしてくれるところ」と答えます。

産科医としては、「帝王切開が速やかにできるか」「新生児の蘇生ができるかどうか」も重要だと考えます。周産期医療センターは、決定後30分以内に帝王切開が開始できることを努力目標とすると定められていますが、なかなか難しいのが現状です。むしろ手慣れた小さな医院のほうが素早く帝王切開を開始できる場合があります。

さらに、緊急帝王切開だけでなく、普通に生まれてくる赤ちゃんの10人にひとりは、蘇生処置がないとうまく泣けない子です。こうした状況に対応できるかどうか、新生児蘇生法の研修を受けているかどうかも考慮したいところです。また、周産期専門医として、母体の蘇生に関する研修を受けていることも安心材料になるのではないかと考えます。

もちろん、救命救急や蘇生に関する認定証があったからといって、すべての妊婦と赤ちゃんを救えるわけではありません。ただ、そこには医者の心根というか、いつなんどき起こるかわからない、緊急時に備えてシミュレーションをしているかどうかという姿勢と矜持が見えてくるのではないかと思うのです。

ただし、これらはホームページなどに明記してあるものではありません。医者や病院、施設がこれらの情報を公開していないことも多いのです(理由はいろいろあります。大人の事情という……)。

実は、分娩施設については、「周産期の広場」(http://shusanki.org/area.html)が詳しいですし、周産期専門医や認定医、施設については、「日本周産期・新生児医学会」などのホームページで検索できますので、気が向いたらチェックしてみてください。

これは僕の自慢ですが、うちの病院ではこれらの資格をすべてのスタッフがもっています。助産師も新生児蘇生法の認定証を全員がもっています。研修医も同じです。新人が来たら、とりあえず研修に行って認定を受けるよう、強制しているのです。


病院の「提携」に要注意
一つ、産む場所を選ぶ際に、参考になるかなというホームページのチェック項目をこっそり教えておきましょう(こっそりではないですね)。助産院にしても病院にしても、「○○病院あるいは○○センターと提携しています」という文言が書いてある場合、どの程度の提携をしているのか、提携先の施設に問い合わせてみるといいでしょう。電話で聞いてみてください。

実は「提携」というのが問題で、そんな関係がない場合も非常に多いのです。そもそも、緊急時には提携など関係ありません。「搬送する」のは決して提携しているところだけではないのです。もしその文言で妊婦さんの人気をとろうとしているのだとしたら、それは不誠実だと思うのです。

もちろん提携先の施設で研修を受けている医者がいるとか、ある程度お互いの施設間で密なコンタクトをとれているのであれば、「提携」と呼んでもいいのかもしれません。ただ、僕ら周産期医療センターでは、提携していようがいまいが、搬送されてきた妊婦さんは絶対に断りません。何をもって提携とするかは、はなはだ疑問なのです。




つづく。

(『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』/『コウノドリ』より抜粋)

コウノドリ」のモデルになった産科医が説く! 知っておきたいお産のリスク〜「帝王切開」編も合わせてご覧ください。

***



定価:本体562円(税別)/モーニング(毎週木曜発売/講談社)で好評連載中!!

出産は病気ではない。だから、患者も家族も安全だと思い込んでいる。毎年この産院で行われる2000件の出産で、約300件の出産は命の危険と隣り合わせだ。その小さな命が助かることもあれば、助からない時もある。100%安全などあり得ない。それが出産。年間100万人の命が誕生する現場から、産科医・鴻鳥サクラの物語。

 => Amazonはこちら 
 => 楽天ブックスはこちら


『嫁ハンをいたわってやりたい ダンナのための妊娠出産読本』荻田和秀

定価:801円(税別)/講談社+α文庫

コウノドリ」の主人公のモデルとなった産科医自らが語り下ろした、ダンナのための妊婦とのつき合い方のバイブル。嫁ハンのことはいたわってやりたいとは思っていても、なかなかできないダンナさんのために、豊富な臨床経験から数多くの赤ちゃんとその両親に接してきた著者が、時に絶妙な関西弁も交えつつ、やさしく、厳しく教えます。

 => Amazonはこちら 
 => 楽天ブックスはこちら

おすすめ

 「コウノドリ」の産科医が説く!知っておきたいお産のリスク〜「喫煙・飲酒」編
 「コウノドリ」のモデルになった産科医が説く!知っておきたいお産のリスク〜「帝王切開」編
雨はいつ頃?雨雲の動きも確認可能。便利な天気アプリ
広告ヤフー株式会社
4.5 インストール
 炭水化物抜きダイエットはやっぱりキケン!? 虚実入り混じる「食」の情報、その真偽をただす
 「早起き」すると寿命が縮む!オックスフォード大学の研究で判明~心筋梗塞脳卒中、糖尿病のリスクが倍増
 テロリストが「iMessage」を使う理由〜アップル社の暗号強化が裏目に?